市 村 家 文 書
坂浜の市村勇家では、江戸時代から明治時代にかけての古文書・文献史料を多数保存しています。市村家は江戸時代に坂浜村の村役人[むらやくにん]を勤めた家であり、村役人を勤めたことから作成された文書がほとんどです。その内容は、江戸時代の坂浜村の検地帳[けんちちょう]、年貢[ねんぐ]関係文書、村役人の任免[にんめん]関係文書、神社寺院関係文書など多方面にわたっており、市内で最も多い1066点の江戸時代の古文書は、質・量ともに、有数の史料といえます。古文書の作成年代は、寛永6年(1629)から慶応4年(1868)までの239年間にわたっており、当時の坂浜村の様子やそこで生きた農民のくらしを知るための資料がそろっています。
武蔵国多摩郡坂濱村田方拾水帳(市村家文書No.36)
宝暦3年(1753)に作成された坂浜村の検地帳[けんちちょう]です。検地帳とは、村ごとに実施した検地の結果を公式に記録したものです。検地帳には、土地の名所[などころ](所在地)、位付[くらいづ]け(等級)、反別[たんべつ](面積)、名請人[なうけにん](耕作者)などが記載され、これを確定することにより、毎年徴収する年貢[ねんぐ](収穫米)を確保しようとするものでした。市村家には宝暦3年と天保10年(1839)の検地帳が、計10点保存されています。
坂浜村年貢割付状(市村家文書No.1)
年貢割付状[ねんぐわりつけじょう]は、その年に納めるべき年貢を場所ごとに記した請求の文書です。この資料は、幕府代官の中野氏より村役人の市村家に発せられたもので、市域では最も古い寛永6年(1629)作成の年貢割付状です。なお年貢割付状に対して、年貢を納入した時の証書である年貢皆済手形[かいさいてがた]の文書も数多く残されています。
名主役任命・苗字帯刀許可につき申渡状(市村家文書No.290)
安政4年(1857)に名主交代に際して出された地頭所[じとうしょ]からの申渡状[もうしわたしじょう]です。この年坂浜村では、名主が冨永伊左衛門から同人の息子である銀平へ交代しました。新名主である銀平には苗宇帯刀[みょうじたいとう]が許されました。なお銀平は病身であったために、出府などの御用については組頭が代わりに勤めるように申し渡されました。坂浜村の組頭を勤めていた市村家の様子がわかる資料です。
天満神社祭礼獅子頭一件和談につき証文(市村家文書No.108)
坂浜の天満神社の祭礼に関する文政6年(1823)の文書です。この当時、天満神社の祭礼は毎年8月25日に行われており、この祭礼では獅子頭[ししがしら]が頭役の家を巡行[じゅんこう]することになっていました。これをめぐって些細なことから争いが起こり、和談になったことを記した資料です。
萱替連中覚帳(市村家文書No.89)
江戸時代には、家の屋根の葺[ふ]き替[か]えは、村人の共同作業として行われていました。これは、屋根の葺き替え作業が、多くの人手と、費用を必要としたためでした。この資料は、文化11年(1814)に作成されたもので、屋根の葺き替えのために、坂浜村で行われた無尽[むじん](互いに掛け金を出し合って、事業を行うこと)を記録したものです。村人1人銭200文、縄5房、薪[まき]2本を持ち寄り、屋根の葺き替えに際しては3日ずつ手伝うことが決められました。
引用参考文献.『稲城市の古文書(一)』『稲城市史上巻』『稲城市史資料編2』
稲城市指定文化財
▲坂浜村の検地帳(市村家文書No.36ほか)
▲天満神社祭礼獅子頭一件和談につき証文
▲萱替連中覚帳
▲名主役任命・苗字帯刀許可
につき申渡状(一部)
▲坂浜村年貢割付状