稲城市

No.134 上平尾土地区画整理事業の完了

最終更新日:2023年2月12日

上平尾地区の土地区画整理は、平成17年11月に準備会が結成され、地権者の合意を経て、平成22年7月に当時の石原慎太郎都知事から稲城上平尾土地区画整理組合の設立認可を受けて事業が開始されました。
 
それから12年の歳月を経て、昨年3月に小池百合子都知事から組合の解散認可を受け、その後残務整理に若干の時間を要しましたが、昨年12月に組合の解散祝賀会が開催され、めでたく完了の運びとなりました。
 
平尾地区は、高度経済成長期に東京圏の人口が急増して大量の住宅供給が喫緊の課題であった昭和40年代に、市内初の団地が建設され、昭和50年には現在の一丁目区域で組合施行による区画整理が実施されるなど、市内では都市化の先駆けの地区でございました。
 
そして、それらの開発に引き続き上平尾地区では、平成9年に都市計画決定された「坂浜平尾土地区画整理事業」により東京都が直接開発事業を施行する予定でしたが、社会経済情勢の変化により事業の見直しがなされ、中止の憂き目を見ることとなってしまいました。
 
しかし、坂浜・平尾地区の地権者の皆さんはそれに屈せず、「坂浜平尾まちづくり協議会」を立ち上げ、約25haという広大な区域に約89億円の事業費を投入し、組合施行による土地区画整理事業をすることとなりました。もちろん、稲城市が最大限の支援をすることが前提ですが、自らまちづくりを進めていくことを決意されたのです。
 
この間、リーマンショックや東日本大震災など、未曾有の経済情勢、自然災害が襲いかかり、事業の遂行には困難も生じましたが、組合役員をはじめ、地権者の皆さまのご尽力により、令和3年10月の換地処分を経て、完了・組合解散の日を迎えることができました。関わっていただいたすべての関係者に深く感謝申し上げます。
 
本事業は平成22年7月の組合設立認可から始まっていますが、起工式は私が市長に就任した平成23年に実施されており、馬場理事長と共に式典に参列させていただきました。完了までの12年間は、そのまま私の市長としての3期12年と時を同じくしており、感慨もひとしお深いものです。
 
開発前に谷戸の湿田であった場所には、防災対策のため約7,000立方メートルの雨水地下貯留施設が設けられ、その上部は三反田湧水公園が整備されました。都市計画道路多3・4・17号線と上平尾トンネルの開通により、かつて地獄坂と呼ばれた第二中学校への通学路も、安全な歩道になりました。さらに、本事業の実施に伴い用地確保と建設が可能になった上平尾消防出張所の開設により、平尾地区における救急車の到着時間といった深刻な課題が一気に解決できました。
 
隣接した坂浜の小田良地区も、少し遅れて組合施行による区画整理事業が開始され、自然環境や農地の保全に配慮しながら安全で住みやすい都市基盤整備を進めてきました。こちらも本年3月に換地処分を予定しており、新たに坂浜三丁目・四丁目・五丁目が誕生します。
 
上平尾地区と坂浜小田良地区のまちづくりがひと段落となり、両地区の今後のさらなる発展を期待しています。

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