平尾入定塚出土品（ひらおにゅうじょうづかしゅつどひん）と発掘調査（はっくつちょうさ）資料

　稲城市平尾と川崎市麻生区との境界付近に、入定塚（にゅうじょうづか）と呼ばれる塚があります。入定（にゅうじょう）とは、一般的には禅定（ぜんじょう）に入ることや、聖者（せいじゃ）が死去することをいいます。真言宗（しんごんしゅう）の開祖（かいそ）空海（くうかい）が、禅定（ぜんじょう）に入ることによって弥勒菩薩（みろくぼさつ）の来迎（らいごう）を待つことを説きましたが、この教えによって、中世（ちゅうせい）以降各地で真言密教（しんごんみっきょう）の僧侶（そうりょ）の入定（にゅうじょう）がおこなわれます。彼らは生きながら経文（きょうもん）を唱え、塚の中に入って埋められるという、弥勒菩薩（みろくぼさつ）の来迎（らいごう）を待つための厳しい修業を行いました。
　平尾にある入定塚（にゅうじょうづか）は、昭和34年に発掘調査（はっくつちょうさ）が行われました。出土（しゅつど）した1枚の板碑（いたび）の文字から、天文（てんぶん）5年（1536年）8月15日に、長信（ちょうしん）という名の僧（そう）が入定（にゅうじょう）した塚であることが明らかになりました。塚は1辺が約10．8mの方形（ほうけい）をしており、塚の内部には約1．8m×2．1mの主体部があります。この場所の四隅に柱を立てて板囲いの部屋とし、その中で入定（にゅうじょう）の修業が行われたと考えられます。この主体部の上は粘土層（ねんどそう）で覆われ、さらに上に土を盛って塚が築かれていました。
　塚から出土した、儀式のために使われたと考えられる刀子（とうす）1点や、中国から渡来した銅銭（どうせん）44点、主体部の施設を作るために使われたとみられる鉄釘（てつくぎ）7点と、発掘調査（はっくつちょうさ）の資料51点の合計103点が、稲城市有形文化財に指定されています。

　指定された入定塚（にゅうじょうづか）の出土遺物（しゅつどいぶつ）は、銅銭（どうせん）44点、鉄釘（てつくぎ）7点、鉄製刀子（てつせいとうす）1点の合計52点です。
　銅銭（どうせん）は、中国からの渡来銭（とらいせん）で、唐銭（とうせん）・宋銭（そうせん）・明銭（みんせん）と文字が判読不明のものがあります。中心としては、宋銭（そうせん）（10世紀から13世紀）が最も多く出土（しゅつど）しています。これらの銅銭（どうせん）は、入定（にゅうじょう）の儀式の中で使用されたものと考えられます。中世の時代は、日本国内での貨幣（かへい）の鋳造（ちゅうぞう）は盛んではなく、もっぱら中国からの渡来銭（とらいせん）が流通していた時代です。当時一般に流通していた渡来銭（とらいせん）を入定（にゅうじょう）の儀式の中で使用したものと思われます。
　鉄釘（てつくぎ）は、主体部の周囲から炭化（たんか）した木材とともに発見されました。長さは8センチメートルから13センチメートルの大きさで、劣化（れっか）がかなり進んでいますが、断面方形（ほうけい）の釘で、主体部の板囲いの施設をつくるときに使われた釘と考えられます。鉄製刀子（とうす）は、長さ24．5センチメートル、最大幅2センチメートルの大きさで、主体部で行われた儀式のために使われたものと考えられます。

昭和34年8月に行われた発掘調査（はっくつちょうさ）で作成した資料です。資料としては、板碑拓本（いたびたくほん）2点、遺跡（いせき）・遺構（いこう）の実測図面（じっそくずめん）14点、調査写真33点、原稿下書き2点の合計51点です。板碑拓本（いたびたくほん）は主体部から出土（しゅつど）した9基の板碑（いたび）のうちの2基の板碑（いたび）の拓本（たくほん）です。うち1基の板碑拓本（いたびたくほん）は、「天文（てんぶん）五年丙申（ひのえさる）八月十五日　長信法印（ちょうしんほういん）入定上人（にゅうじょうしょうにん）」の銘文（めいぶん）が刻まれたもので、入定塚（にゅうじょうづか）の築造（ちくぞう）年代と入定（にゅうじょう）した僧侶名（そうりょめい）がわかる貴重な資料です。実測図面（じっそくずめん）、塚全体の実測図（じっそくず）、遺構平面図（いこうへいめんず）、土層断面図（どそうだんめんず）、出土遺物（しゅつどいぶつ）（板碑（いたび）等）平面図（へいめんず）、鉄釘（てつくぎ）実測図（じっそくず）などになります。調査写真は、入定塚（にゅうじょうづか）全景、土層（どそう）断面、板碑（いたび）の出土（しゅつど）状態、粘土（ねんど）層の状態、銅銭（どうせん）の出土（しゅつど）状態、主体部全景、主体部床面の状態などの写真です。原稿下書きは、調査報告書用の原稿の下書きと思われるもので、入定塚（にゅうじょうづか）の位置・規模・主体部の施設・板碑（いたび）の出土（しゅつど）状態などが書かれています。合計で400字詰15枚の分量です。これらの発掘調査（はっくつちょうさ）資料は、入定塚出土品（にゅうじょうづかしゅつどひん）とともに、中世の入定塚（にゅうじょうづか）の実態と発掘調査（はっくつちょうさ）の状況を知るために、欠くことのできない重要な資料と考えられます。