No.7 「谷川俊太郎さんから学んだこと」
( 稲城市の教育「イエール」 12月15日 第3号掲載 )
「谷川俊太郎さんから学んだこと」
「カムチャッカの若者が きりんの夢をみているとき メキシコの娘は 朝もやの中でバスを待っている」-谷川俊太郎作の詩「朝のリレー」冒頭の一節です。教員時代の、この詩についての授業は、楽しい思い出の一つです。「カムチャッカ」というリズミカルな響き、異国の街へのワープ…この書き出しから、読み手は未知の世界への扉を開きます。皆で心弾ませながら音読し、地球を外から概観し、今この瞬間の地球の向こう側に思いを馳せました。さらに、「ぼくらは朝をリレーするのだ」「経度から経度へと そうしていわば交替で地球を守る」のフレーズから、まだ見ぬ世界の友と、地球の美しさと平和を一緒に守っていきたい、そんな展望を、中学生と共有したものでした。
「かっぱかっぱらった かっぱらっぱかっぱらった」(『ことばあそびうた』(福音館書店)所収、詩「かっぱ」より)-日本語の魅力と神秘を実感しながら、教室皆で、大きな声で「言葉遊び」を楽しみました。
「生きているということ いま生きているということ」と始まる、詩「生きる」-この作品の中で谷川さんは、「生きていること」として「のどがかわくということ」「木もれ陽がまぶしいということ」「ふっと或るメロディを思い出すということ」などと、日常出会う様々な事象や感覚を綴りながら、「あなたと手をつなぐこと」「かくされた悪を注意深くこばむこと」「人は愛するということ」と、人として生きていく上での大切にしたいことを謳っておられます。
日本全国、いえ、世界中で、谷川俊太郎さんの詩や言葉に、多くの人が、惹かれ親しんできました。私もその一人として、また教員として、谷川さんの作品世界に魅せられてきました。
谷川さんの詩の数編は、メロディも付けられ、合唱曲としても広く親しまれています。
「この気もちはなんだろう 目に見えないエネルギーの流れが 大地からあしのうらを伝わって・・・」(詩「春に」より)-「春」という季節、大地に立つ若者の、「よろこび」「いらだち」「あこがれ」「もどかしい」などの、様々な感情のせめぎ合いが続きます。この季節に誰もが抱く不安定さや揺れとともに、可能性を信じる心持ちを謳い、生きることの厳しさと喜びを謳い上げます。
また、詩「信じる」も、合唱曲のスタンダードナンバーとなっています。10年ほど前校長として着任した稲城第四中学校では、当時、学校行事「合唱コンクール」第3学年の「課題曲」として、「信じる」が歌われていました。「自分にうそがつけない私 そんな私を私は信じる 信じることに理由はいらない」「葉末の露がきらめく朝に 何をみつめる小鹿のひとみ すべてのものが日々新しい そんな世界を私は信じる」-小さきものに心を寄せ、世界の現実を直視し、美しいものに感動する、そのような人間としての素直な姿勢をもつ自分を、まずは自分自身が信じていこうという、若者への温かく力強いエールに満ちた作品です。生徒達は、谷川さんからのメッセージを共有し、詩の心を確実に受け止め、さらに聴く人へその思いをしっかりと伝えようと、真剣に歌唱に取り組みました。そして本番、彼ら彼女らは、まぶしく熱いライトを全身に浴び、暗い客席に相対し、自分の力を信じ、自分を励まし、仲間との心の絆をたよりに、見事に「信じる」を歌い上げました。私も、その生徒達の姿から、「自分を信じること」の意義に、心の底から感じ入りました。
易しく親しみある言葉を登場させながら、人間の深層や世界の様子に気付かせ、人として生きていくための姿勢を考えさせてくれる谷川さんの作品の数々には、本当に多くの人々が、様々な思い出をおもちのことでしょう。私はまた、教育に携わってきた経緯から、中学生とともに谷川さんの作品に触れ、感動を分かち合うという幸運にも恵まれました。谷川さんの作品から、言葉を介して一人ひとりが情景や心情を自在に想像し、その考察を仲間と共有するという、学び合いの基本的な意義を実感してきました。
現在も、本市立小中学校が使用している教科書には、「生きる」(小学校第6学年・国語科)、「春に」(中学校第3学年・国語科)(中学校・音楽科)が掲載され、本市の子ども達は谷川さんの作品に学んでいます。日本中の人々がその作品に日々触れ、何かを想った谷川さんの作品は、同じように、稲城市の児童・生徒、さらに稲城で学び成長された皆様にも、貴重な学びを届けてくださいました。
また最近は、令和5年11月、岩波書店から、谷川さんとブレイディみかこ氏との往復書簡形式による書籍『その世とこの世』が刊行されました。私は、令和6年1月定例校長会冒頭挨拶において、同書の読後感とともに、生と死の連続性に視点を据えながらの一連のやり取りを紹介しながら、同書内にてブレイディ氏により言及されている「人間が脳をアップデートしてデータとして生きるようになる」という「『トランスヒューマン』について英国の若い世代の間で議論されている」との箇所を提示し、「人間同士が直接触れ合い、相対することに価値を置いていきたい」との考え方を、お示ししたところです。同書ではさらに、終末箇所にて、谷川さんが、「本来群生動物である人間が、いつからか群れの中の一人ひとり、つまり個人として目覚めそれがついにはAIにまで進化?し始めた、その事実に私たちが未来への展望と同時に、漠とした不安を感じているのも事実です。」と述べられています。
谷川俊太郎さん、令和6年11月13日、92年の生涯を閉じられました。
残された作品は、これからも永く、私達に、人間観や世界観を、問い続けていくのでしょう。私も、さらに文明的進化を遂げていく世界を見据え、発展を享受し活用しながらも、時に谷川さんのメッセージに立ち返り、人間として必要な力、在るべき姿を追求していかなければと思っております。
稲城市教育委員会教育長 杉本 真紀子
【引用・参考】
谷川俊太郎 「朝のリレー」「かっぱ」「生きる」「春に」「信じる」
谷川俊太郎 ブレイディみかこ 『その世とこの世』(岩波書店)
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